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東京高等裁判所 昭和60年(ネ)2242号 判決

控訴人 金田こと金桂子

被控訴人 朴信明

主文

原判決中、控訴人の親権者指定を求める申立てを棄却した部分を取り消す。控訴人と被控訴人の長男朴教義(西暦1981年12月10日生)の親権者を控訴人と定める。

控訴人のその余の本件控訴を棄却する。

訴訟費用は、本訴、反訴及び第一、二審を通じこれを2分し、その1を控訴人の、その余を被控訴人の各負担とする。

事実

一  申立て

控訴代理人は、「原判決中、控訴人敗訴部分を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。控訴人と被控訴人の長男朴教義の親権者を控訴人と定める。(当審における予備的請求)控訴人を右教義の養育責任者と定める。被控訴人は控訴人に対し金200万円を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、「本件控訴及び控訴人の当審における予備的請求を棄却する。」との判決を求めた。

二  主張

当事者双方の主張は、次に付加するほかは原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

(当審における控訴人の予備的請求原因)

韓国民法第837条第2項は、離婚に際し子の養育に関する事項の協定がなされないとき又は協定をすることができないときは、法院は当事者の請求により、その子の年齢、父母の財産状況、その他の事情を参酌し、養育に必要な事項を定めることができる旨を規定しているところ、長男教義は現在4歳余の幼児であり、母親である控訴人の許で昭和57年10月9日以来養育され元気に成長しており、また、控訴人は自ら稼働して生活費を得て都営住宅に居住し、実母及び兄姉の協力を得ながら教義を養育してきたのであつて、養育責任者として最も適任である。よつて、控訴人は、予備的請求として、教義の養育責任者を控訴人とすることを求める。

(控訴人の右主張に対する被控訴人の認否等)

主張のような韓国民法の規定があることは認めるが、その余の事実は否認する。教義は現在控訴人の許で育てられているが、控訴人自身働きに出ていて養育に専念できず、控訴人の母も外出が多い。しかも、本件における控訴人の家出は、被控訴人のみならず一般人を納得させることができないものであるにもかかわらず、あたかも被控訴人の非人道的な対応が原因であるかのごとき主張をしており、このような親権者不適格事由のある控訴人の許で養育されたのでは、教義の人格形成上悪影響を及ぼすこととなる。これに対し、被控訴人は、母及び姉の協力を得ていつでも教義の養育に当たることのできる態勢を整えている。

三 証拠〔略〕

理由

一  当裁判所もまた、当事者双方の韓国民法第840条第6号(及び民法第770条第1項第5号)に基づく本訴、反訴各離婚請求は相当であつて認容すべきであるが、控訴人の慰藉料請求は失当であつて棄却すべきものと判断する。その理由は、原判決理由中1、2及び4の説示のとおりであるから、これを引用する(ただし、原判決13枚目表4行目の「原告(昭和32年9月15日出生)」を「原告(昭和22年9月15日出生)」に改める。)。当審における証拠調べの結果を参酌しても、右引用の原判決の認定・判断を動かすことはできない。

二  そこで、長男教義の親権者指定の点について判断する。

方式及び趣旨により公務員が職務上作成したと認められるので真正な公文書と推定すべき甲第1ないし第4号証、当審証人車明子、同金美佐子、同金申光、同田川良子の各証言、原審及び当審における控訴・被控訴各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すれば、控訴人(国籍朝鮮、昭和30年3月5日生)の両親は朝鮮生まれであるが、控訴人は日本で生まれ育ち、朝鮮に行つたことはなく、朝鮮語は少ししか理解できないこと、被控訴人(国籍韓国、昭和22年9月15日生)の両親は韓国生まれであるが、被控訴人は日本で生まれ育ち、韓国には1、2週間滞在したことがある程度で、韓国語はよく話せないこと、控訴人と被控訴人は昭和56年5月15日千葉市長に対する届出によつて婚姻し、千葉市内の被控訴人宅で世帯を持ち、同年12月10日長男教義をもうけて同月22日千葉市長に出生届をしたが、控訴人は昭和57年10月9日教義を連れて東京都内の実家に戻り、それ以来別居生活をしていること、控訴人と被控訴人は同月下旬いつたんは協議離婚及び教義の親権者を控訴人とすることに合意し、その旨を記載した離婚届書を千葉市役所に差し出して届出をしようとしたところ、係官から韓国民法上母である控訴人を親権者とする離婚届は受理できないと言われてこれを断念したが、その頃から被控訴人は韓国民法どおり自分が親権者になると主張し双方の意見に不一致が生じたこと、控訴人は母として教義(現在4歳3箇月)の出生以来一貫してこれを養育してきており、現在健康で昼間は店員(配送パート)として働き教義と2人で都営住宅に住み月収13万円を得て生活に不自由はなく、近所には姉夫婦ら親族4世帯も居住していて、控訴人が教義の養育を続けることに協力を約束していること、被控訴人は教義に対する愛情もあり、姉や母の協力を得て教義を養育したい意向であるが、控訴人と教義が別居した昭和57年10月9日以来今日までの間に当初の頃2回位教義と会つただけで、父子関係が円滑に推移しているとはいえないこと、被控訴人の母(75歳)は朝鮮で生まれ昭和3年に来日し、韓国民法によれば離婚した場合の未成年の子の親権者は父親になることを知つており、それを当然のことと考えているが、日本で生まれ育つたいわば2世の控訴人や被控訴人、その兄弟姉妹らは韓国民法上右のような制度になつていることすら明確に意識しておらず、日本の生活習慣にすつかり融け込んでいること、以上の各事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。

右の認定事実を勘案すれば、教義は母である控訴人の許で引き続き監護養育されることが同児の福祉に合致するものというべきところ(被控訴人は控訴人の親権者としての不適格事由を種々主張するが、これを認めるに足る証拠はない。かえつて、右認定の事実関係からすれば、控訴人の許から教義を引き取つて被控訴人が監護養育することの方が不安である。)、このような事情にある本件において、韓国民法第909条に従い教義の親権者は法律上自動的に父に定まつているものとして取り扱うときは、教義を継続して監護養育している母である控訴人から親権者の地位を奪うことになつて、親権者の指定は子の福祉を中心に考慮決定すべきものとする我が国の社会通念に反する結果を来し、ひいては我が国の公の秩序又は善良の風俗に反するものと解するのが相当である。したがつて、本件の場合、法例第30条により、父の本国法である韓国民法の適用を排除して、我が民法第819条第2項を適用して控訴人を教義の親権者と定めることとする。

三  以上の次第で、原判決中、控訴人の親権者指定を求める申立てを棄却した部分は失当であるから、右部分を取り消した上、控訴人と被控訴人の長男朴教義(西暦1981年12月10日生)の親権者を控訴人と定めることとし、被控訴人の韓国民法第840条第6号(及び民法第770条第1項第5号)に基づく本訴離婚請求を認容した部分並びに控訴人の慰藉料請求を棄却した部分はいずれも相当であるから、控訴人のその余の本件控訴を棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第96条、第92条を適用して、主文のように判決する。

(裁判長裁判官 賀集唱 裁判官 梶村太市 裁判官 上野精は、転勤したので署名、押印することができない。 裁判長裁判官 賀集唱)

〔参照〕 原審(千葉地 昭58(タ)69号 昭60.7.29判決) 〈省略〉

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